努めて無造做《むぞうさ》に云った

「いいえ」と女の答えた頃には、純一はまずい、sentimental《サンチマンタル》 な事を言ったように感じて、後悔している。「おやかましかったでしょう」と、女が反問した。「なに。好く寐られた」と、純一は努めて無造做《むぞうさ》に云った。 障子の外では、がらがらと雨戸を繰り明ける音がし出した。女は丁度火を活けてしまって、火鉢の縁《ふち》を拭いていたが、その手を停めて云った。「あのお雑煮を上がりますでしょうね」「ああ、そうか。元日だったな。そんなら顔でも洗って来よう」 純一は楊枝《ようじ》を使って顔を洗う間、綺麗な女中の事を思っていた。あの女はどこか柔かみのある、気に入った女だ。立つ時、特別に心附けを遣ろうかしら。いや、廃《よ》そう。そうしては、なんだか意味があるようで可笑《おか》しい。こんな事を思ったのである。 部屋に返るとき、入口《いりくち》で逢ったのは並の女中であった。夜具を片附けてくれたのであろう。 雑煮のお給仕も並のであった。その女中に九時八分の急行に間に合うように、国府津へ行《い》くのだと云って勘定を言い附けると、仰山らしく驚いて、「あら、それでは御養生にもなんにもなりませんわ」と云った。「でも己より早く帰った人もあるじゃないか」「それは違いますわ」「どう違う」「あれは騒ぎにいらっしゃる方ですもの」「なる程。騒ぐことは己には出来ないなあ」 雑煮の代りを取りに立つとき、女中は本当に立つのかと念を押した。そして純一が頷《うなず》くのを見て、独言《ひとりごと》のようにつぶやいた。「お絹さんがきっとびっくりするわ」

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